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サイトをご覧頂きありがとうございます。

心理カウンセラー、認知行動療法士の春の陽と申します。

管理者名 春の陽
性別 女性
生年月日 昭和51年2月
資格
  • 心理カウンセラー
  • 認知行動療法士
  • 准看護師
家族構成
結婚歴 バツイチ

  • 41歳のときに離婚
  • シングルマザーとして娘を育てる
子ども 10歳になる娘
趣味 花、読書、心理の勉強、寝ること
特技 内観、のんびりすること
提供サービス サービス一覧はこちら

 

●悩みの多くは「思考」から生まれます。その思考をどうするのかということについて書かれている本です。マインドフルネスから生まれた心理療法の本です。

多くの思考が湧いて止まらなくなった時に、大きなヒントになってくれる本です。

 

●子育てをする中で、子供への接し方などにつまづいた時参考になった本です。相手の否定的に見てしまう時に、一度立ち止まることを学べます。

子育て中の方にお勧めの一冊です。

 

●私がパニック障害になった時に読んだ本です。この本で始めて認知行動療法を知りました。
とても分厚い本ですが、参考になりました。

パニック障害や不安障害の方にはお勧めの本です。

●自分が嫌いで仕方なかった時、子供向けのような薄いこの一冊に、とても涙が出たことがあります。自分を受け入れても良いんだと思わせてくれる一冊です。

「自分が嫌いで許せない」、そんな時に癒されたい方にオススメです。

 

●罪悪感に押しつぶされそうになった時に購入しました。罪悪感に対する考え方やワークなどもあり、本当にスーッと罪悪感が薄れた一冊でした。この方の本はどれもとても読みやすいです。

罪悪感に苦しむ時に読んでみてもらいたい一冊です。

 

●頭を使いすぎて辛くなっている時、ヨガを始めたきっかけが森川那智子さんの本でした。この方の本は心にスーッと癒しをもたらし、自分が許されるような感覚があり色々読みました。

飽き症の私が唯一続いたヨガの最初の一歩です。体と心を休ませたい方にお勧めです。

心理学を学ぶことになったきっかけとは?

私が心理学を学びようになったきっかけは、自分自身が小さなころから人の目を気にして自分らしく生きれなかったり、人間関係の不和、恋愛の失敗、仕事が続かないなどの生きづらさを感じ、うつ病やパニック障害を患ったことがきっかけでした。

3人兄弟の末っ子で、女の子としては長女の私は、とても可愛がられてきたはずだと思います。

『はずだと思う…』というのも、私は物心ついた時…多分3歳くらいだと思いますが、とにかく兄にイジメられていました。

いつも泣いて助けを求めるのですが、母はいつも「ただの兄弟喧嘩」と思っていたと思いますが、私を助けるのではなく「また大袈裟に泣いてるー」と笑っていました。

決まって「嘘泣きが始まった」と兄や家族に言われて笑われていました。

なぜ私はいつも意地悪されるんだろう?
なぜ大好きな兄は私を嫌うんだろう?
なぜ家族は助けてくれないんだろう?
なぜ悲しんでいる私が笑われるんだろう?

子どもながらにそんな悲しさをいつも持っていた気がします。

兄からの暴言や暴力によるいじめは、小学校の中学年になり私がやり返せるようになってから、少しずつなくなっていきました。

小学校に入った私は、とても恥ずかしがりやでありながらも、男勝りな女の子でした。

強そうに見せながら、実は繊細で女の子が苦手でした。

小学生とはいえ、中学年にもなると女の子たちはグループができ、そのグループにも無言の「強弱」があるように感じました。

強そうな女の子のグループとも仲良しでしたが、心のどこかでいつも「この人たちに嫌われたら、きっと辛い学校生活になるだろう…」と感じていました。

強そうに見せながらも、グループから外れないようにいつも空気を読んでいた気がします。

母を助けたいと思いながらも…

私の母は家ではいつも祖父母からいじめにあっており、泣いている可哀想(に見える)な人でした。

母は苦労人で、体は強い方ではないのですが、嫁いでからずっと朝は4時に起き農家の仕事をし、会社勤めをして帰ったらまた農家の仕事をし、祖父母にいびられながら私たちを育ててくれていました。

父は母よりも遅く起きて、兼業農家として仕事をしていましたが、どんなに母がいびられていてもかばってくれる様子はなく、どちらかと言うと頑固で自分勝手な人。

両親が喧嘩をして、私が怖くて泣いていることが多かったと思います。

「母を助けたい」
「母の役に立ちたい」

いつもそんなふうに思っていました。
しかし、わたしはできない人間でした。

朝は起きられない。
夜はねられない。
宿題は面倒でやりたくない。
学校は行きたくない。
朝ごはんも食べられない。
集団登校にも間に合わない。
農業も出来ない。
祖父母を変えることも父を変えることも出来ない。

そんな私が母のために出来ることは、「せめて迷惑をかけないこと」でした。

意地悪されても母には言わない。
学校に行くのが辛くても、泣きながら一人で歩いていく。
寂しくても寂しいとは言わない。
欲しいものがあっても欲しいとは言わない。
怖いことがあっても怖いとは言わない。

せめて自分の気持ちを言わないで頑張ることでしか、母を助けることを思い付きませんでした。

小学生中学年ごろから私自身も自律神経が弱かったのですが、調子の悪い時に母はいつも優しかったんです。

自分も辛いのに、私の体が悪い夜だけは背中をさすってくれていました。

あまり両親との思い出がありませんが、親との時間がない割には過保護ではあるものの、どこにでもある共稼ぎの家庭だと思っていました。

荒れていた学生時代

学校では少し荒れていき、先生に反発したり軽い悪ガキのような位置にいました。

自分から友達を作れなかった私は、中学に入ったらどうなるのだろうと考えていましたが、声を掛けてくれる人が多かったので、その点では友人関係には恵まれていました。

それでも「自分らしさ」というものを表に出すことは出来ず、何となく友達に合わせていたりすることが多かったように思います。

少し勉強は頑張っていたので地元では割と良い高校へと進学し、仲の良い人もたくさんできたのですが、やはり「自分らしさ」というものが出せず、何となく「この人の前でなら自分らしくいられる」というような人は出来ませんでした。

どちらかというと一匹狼的な存在でした。

この頃から、朝起きると調子が悪く、毎日遅刻していくようになりました。

きっと今でいう起立性調節障害があったのかもしれないと思いますが、とにかく朝が辛いのです。

それに加え、「学校」というものになじめない自分にも気付きました。

決められた時間ただじっと座っている。

楽しくもない先生の話を聞いていることで、「時間がもったいない」といつも思っていました。

そのせいか徐々に保健室登校になり、遅く登校しては保健室に行き、お昼になったら数人の友達と保健室でワイワイご飯を食べるという、奇妙な学校生活を送っていました。

それでもどんどん学校へ行くことが嫌になり、学校をサボっては彼氏と遊びに行ったりする日々。

それでも両親は私を大切にしてくれました。

ある日、どうしても学校に行くことに意味を感じなくなり「学校を辞めたい」と母に話したところ、「将来のために高校だけは出て」と言われてとてつもない絶望感を感じました。

私の中で、この時すでに心が限界になっていたんだと思います。

いつも恵まれていると思うのに、何かが足りなくて寂しくてしんどくて…

勇気を持って母に話したけれど分かってもらえなかった悲しさと同時に、母に迷惑をかけているという罪悪感に心が強く動揺していたのを覚えています。

高校を卒業後は看護学校に入学して看護師に

高校を卒業後、どうしても息苦しい家から早く出たかったため、県外の看護学校に入学しました。

昔から「人の役に立ちたい気持ち」や「人を助けたい気持ち」を持っていたんです。

これも今思うと、小さなころから繊細で人の顔色を見て育ち、辛そうな母を助けたいという心からだったのではないかと思います。

県外に出て楽になると思ったのに、私の人生は荒んでいきます。

恋愛依存性だった20代

無事に准看護師の免許を取った後、なぜか夜の街で働くようになりました。

夜の街で働くと、自分らしくいられる時間が増えたと感じ、付き合う男性もころころ変わり、今思うと恋愛依存症だったんですね。

男性と一緒にいると安心するのに、どうせ最後は別れることになるのが嫌で自分から別れを切り出したり、そうかと思うと離れたくなくて依存したり…完全に恋愛依存症でした。

ボロボロになった私は、半強制的に地元に戻ることになりました。

地元に戻ってからも恋愛依存は続いていましたが、何とか立ち直り准看護師として働きました。

その後も仕事を転々としたり、恋愛に依存したり、結婚を約束した男性に突然振られたり…

そんな20代を過ごしました。

30代で結婚するもパニック障害や産後うつに悩む日々

30代になり、「もう人を信じたくない」という思いが強く、長いあいだ妻のある人とのお付き合いもしていました。

妻がいる人とお付き合いすると、変に期待をすることもなく楽だと考えたのです。

そんな時、元の夫と出会い結婚。

人生で一番愛する娘を授かる事ができました。

ただ、娘を授かってから私の心はぐちゃぐちゃになったんです。

初めての子育て、親に頼ることもなく一人で奮闘していたところ、突然パニック障害産後うつになってしまったんです。

そしてまた、「私は役に立たない、迷惑をかけるばかり」という思考に取り付かれてしまったんです。

一旦はお薬で回復したものの、再発した時にはもう薬が合わなくなり、何を飲んでも悪化するだけ。

そうこうしているうちに、優しかった夫がモラハラ夫・アルコールに溺れる状態になっていったのです。

離婚を経験して…

今思うと夫も辛かったんだと思いますが、自分自身がつらい時に夫の事を考えることも出来ず、かといって最愛の娘のために離婚はしたくなかったため1年ほどその状態に耐え、その後別居1年を経て2017年に離婚。

この時が私の人生で一番つらい時でした。

夫は他に女性がいるようだ
私は離婚という形で一番大切な娘を傷付けた
全ては私が病気になんてなったから
私が弱くてダメな人間だったからだからみんなを傷付けた。私なんて生きる価値がない
もう苦しい
もう人生を終わらせたい

そう思ったのです。

だからと言って私を愛してやまない娘を独りぼっちにはしたくなかった。

ただその一心で、親に助けを求め、実家に帰ることになりました。

私の人生はずっと生きづらかった。

この原因はどこにあるのだろうか…。

そう思って辿り着いたのが心理学の学びでした。

私を変えた心理学からの学び

心理学を学び、私自身の傷の原因を知り、自分との関わり方を初めて教えてもらった気がします。

その後数か月、数年かけて私は少しずつ生きやすさを選ぶことができるようになりました。

今でも時々古い考えが湧き出てきて苦しむことはありますが、その原因を知っているので立て直すことができるようになりました。

私の人生の半分(?)は、自分を責めて人を責めて、誰かに依存して。

どこかに自分の居場所があるような気がして、ずーっと居場所を探してきました。

数十年探していた居場所は、実は自分自身の中にあったのです。

気付くまで長い道のりでした。

今では娘と一緒に、時に喧嘩し、時に悩み、時に笑い合うという、ごく普通の生活が出来るようになりました。

まだまだ癒えていない傷は沢山あると思いますが、一歩一歩歩いて行こうと思えるようになりました。

私がお手伝いできること

長いこと生きづらさに悩んできた私は、同じように生きづらさに悩んでいる人が回復するお手伝いをしたいと思っています。

こんなお悩みを聞かせてください。

  • なぜか人の顔色を見て緊張してしまう
  • 恋愛や人間関係に依存してしまう
  • 夫婦関係が上手くいかない
  • 何となく不安感を感じている
  • 自分の居場所がないような気がする
  • いつも馬鹿にされているような気がする
  • 子育てで自己嫌悪に陥ってしまう
  • 両親との関係が辛い
  • 人間関係がなぜか上手くいかない

上記のようなことで悩んでいる方はぜひ一度ご相談ください。

心理カウンセラーとして認知行動療法に基づいたお悩み相談をお受けしています。

プロのカウンターとして、あなたの思考の歪みを見付けたり、自分自身を受け入れ大切にするための考え方のお手伝いができます。

春の陽サイト管理人

「誰かに何とかしてもらおう」という受け身な気持ちではなく、「私が私を何とかする!」という能動的な気持ちを持ってください。

それが第一歩になります!

私はココナラにてお悩み相談やカウンセリングサービスをご提供させていただいております。

2021年5月現在、販売件数は80件を突破しています!

無料でご質問にもお答えしているので、お気軽にお問い合わせください。

3日間お悩みを聞かせて頂き、根本原因を見付けます 恋愛や人間関係、心のお悩みが解決に向かうようにお話を聞きます

認知行動療法で、つらい悩みを作る思考を見つけます 歪んだ思考を矯正して、生きづらさ・パニック障害などの改善へ!

過去の相談事例

私が実際に過去に相談された事例をいくつかご紹介致します。
(※ご依頼者様の承諾を得て掲載しております)

●夫婦関係や子育てでイライラして悩んでいた女性Mさん(30代女性)の事例

Mさんには2020年10月にココナラからサービスをご購入いただき、どうしても家族間のコミュニケーションでイライラしては自分を責めるという内容のご相談を受けました。

 

Mさんのご相談を3日間お聞かせいただき、認知行動療法もやってみたところ、とても喜んでいただくことができました。

 

 

●人の頼みを断れず、自分自身が辛い状況になってしまうという女性Tさん(20代女性)の事例

Tさんには2021年1月にココナラからサービスをご購入いただき、Noと言えずに体調不良まで起こっているというご相談を受けました。

この時、Tさんと3日間お話をさせていただき、断れなかった原因がはっきりしたことで、自分の気持ちを伝える勇気を持てたと喜んでいただくことができました。

 

 

あとがき

私は長い間、暗闇の中を彷徨っているような気分でした。

自分の居場所がないと感じ、ずっと居場所を探してきた数十年でした。

居場所を作るために必死で頑張って、「誰かに認められたい…大切にされたい…」そんな思いで生きてきましたが、心理学を学んだことによって、自分が一番欲しかったもの、そして自分の居場所が見付かりました。

あの頃の私と同じように悩んでいる人がいると思います。

この学びが、そんな誰かの役に立つことができるならと思いこのサイトを作りました。

1つでも、1人でも、穏やかに生きるためのヒントになってもらえたら幸いです。

 

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