毒親からの脱出

自己肯定感

生まれ育った環境しか、私達は分かりません。自分が扱われている環境に違和感があっても、それが間違いだとは思いません。特にお母さんからの扱いは「お母さんが正しい」と思いがち

毒親と呼ばれるような親から育てられて、自己肯定感を持てなかったKさん。そのお話をご了承を得て紹介します。誰がどう見ても分かるほどの毒親な感じです。が、小さな子供には気付けない事が多いのです。そして当の親自身も気付いていないケースもあります。

 

毒親からの言葉

Kさん:『幼少の時から私が周囲に褒められたことがあった時、家族に「こんな風に良いことがあったよ、褒められたよ」と言うと、父などがいる前では一緒に「良かったね」と喜んでくれるのですが、後で母と二人っきりになった時に「お母さんは昔はもっとできたよ」「お母さんはもっとできるよ」「お母さんは優しいからこんな風に自慢して恥ずかしいことはしないけどね」と必ず言われていました。

また、私の顔のことも「なんで〇〇は目が小っちゃくて可愛くない顔なんだろう。お母さんはドングリ目で目がぱっちりしていて可愛いのに」や、ある日母が机の上で伏せて泣いていたので、心配でどうしたのと聞くと「〇〇の顔が可哀想で、なんでこんなに目が小っちゃくてこんな顔で可哀想」と言うので私も傷つき、あまり言わないでと言うと「なんでそんなん言うのよ、〇〇がこんな顔なのがお母さんの悩みなのに、お母さんは優しいから人のことで悩むことが出来るのに」「これは本当の事だから、優しいお母さんが言ってあげている。だからそのことで〇〇が傷ついてはダメ」「お母さんは優しいから言いたくて言っているわけではない、〇〇の悩みは私の悩みだから〇〇以上に私が傷ついているから〇〇は傷ついてはダメだ」と言われ、「〇〇は図太いから何を言っても傷つかないけど、お母さんは優しいからお母さんが傷付くことを言ったら〇〇が優しくないってこと」など、その他にもいつも、私を否定することを言う時には、先に”お母さんはとても優しいからそれがお母さんの悩みだ”と言っていたので、私が傷つくことを言っているけど、それは全て事実だと先に頭にインプットされていました

それでも、いつも頭の中には母親が自分に嫌がることをわざと言うわけがない”、”母が私の言葉で傷付いてしまったと言っていたけど、私はそんなつもりは一切ないけど、勘違いされる。なぜだろう”と考えて、私は自分の伝え方が悪いんだと思い、いつも母が喜ぶように考えて生きてきました。』

とても辛い幼少期であったのではないでしょうか?絶対的にKさんに非は無く、お母さんの心に闇を感じます。

 

毒親だという事に気付いた

Kさん:『ずっと自分で”いつも優しい母”だと言う、母が私を傷つけることをわざと言うわけではない、母も私の容姿や性格などで傷ついているから仕方のないことだと思っていたのですが、ある時”何かおかしい”と感じかけました。

それは、私が結婚をするときでした。結婚が決まり両親に報告すると父が居る時には一緒に喜んでくれて、”色々用意しなくちゃ”と言ってくれたのですが、二人になった時に母が「本当は用意したくないけど、お母さんは優しいから世間体的にやらないといけない」「お金がかかる」「お母さんの時はしてもらってないのに、何でしないといけない」「旦那さんは良い人じゃない」「そういえば結婚準備中に別れた知り合いがいてる」。

結婚が近づき、新居を探している時は特にとても忙しくなってきて、不動産屋に行く日が母の誕生日とかぶってしまいました。どうしても相手の仕事の都合もあったので、今回は無理だと言うしかないと思いました。

でも母は、私が子供の頃から母が喜ぶものをプレゼントしないと嘆き、小学一年生頃に自分では一生懸命い喜んでもらおうと頑張った手作りのプレゼントをすると、母が「酷い、お母さんはいつも頑張っているのに買ってくれないの、お金を使ってくれないなんて酷い」、「優しいお母さんの誕生日は、一緒に祝うのが当たり前」と言う通りに、母の誕生日は欠かさずにお祝いしてきたので、今回は無理だと言っても大丈夫かなと不安もありました。

「誕生日当日は無理だけど、必ず次の日にお祝いするから良い?」と父を含めて三人で食事をしていた時に聞いたら、「いいよ、当り前だよ、〇〇を優先してね」と言ってくれたので、悪いなと思いながらホッともしました。

でも、次の日の朝に、母が凄く機嫌が悪くて「どうしたの?」と聞くと「お母さんは誕生日をすごく楽しみにしていたのに、〇〇は酷い、お母さんはそれしか楽しみがないのに、お母さんを可哀想だと思わないの」と言われて、「昨日納得していたのに、でも確かに可哀想かな」と思いながら、なにか心の中で引っ掛かってました。

それから月日が流れて、結婚をして新しい住居に行く時に、場所が近所だったので、当日実家で食事をしてその後に9時ごろに新居に旦那さんと待ち合わせになりました。

父が寝た後、母は不機嫌でいっぱいでした。私はいつもはそれを慰めて母が機嫌が良くなるようにするのですが、今回は私も結婚準備などのこともあり疲れていたし、旦那さんとの待ち合わせ時間もどんどん過ぎていったので「もういいよ、時間もないしもう行くね。」と言うと、急に私を追いかけて縋り付いて「見捨てないで」と言ってきました。

「もういいよ」と言った時はまた来るつもりもあったのですが、その急な態度の変化を見た時に一気に自分の心の中がスーと冷えて、一気に本当にもういいやと思いました。

ここから急に、今まで自分で「とても可愛い」と言っていた母の顔が、私も可愛いと思っていたのですが、急に目が覚めたように普通の年相応の母の顔に見えだし、色々なものに母親フィルターみたいなものがあったんだと気づいた頃から、私も少しずつ変わりました。』

お母さんはもしかしたら、自分の中の闇の部分を小さいKさんに八つ当たり、依存していたんですね。それがKさんが自律して行った途端、自分の依存先が無くなる恐怖で縋り付いてきたんですね。気付けて良かったです。

 

洗脳からの目覚め

Kさん:『まず、私の性格が好きだと言ってくれる人が出来て、”私の性格って悪くないんだ”、”今まで打算的だ、優しくないと言われ続けたけど、人のことを否定ばかりする人がおかしいんだ”と思うようになりました。

人が嫌がることをするけど自分はされたくないという理屈、絶対に通用しないのに、なぜか母が言うと全部聞こうと思っていました。が、気持ちが一気に冷めてから、いくら自分の子供だからって言っていい範囲と悪い範囲があると教えられました。

それでも自分の容姿・性格を悪く言われ続けたので全然自信がなかったのですが、旦那さんが「俺は〇〇の顔が好き」「俺は〇〇の性格が好き」それでも全然自信が出なかったす。

でも私が自信を無くせば無くすほど喜び、思い通りにならなかった時に怒る母とは違い、「〇〇の顔も性格も好きだって言っている。俺の言葉は信じてくれないの」「自分を褒めて、自分を好きになるのが良い」と、私のことを本当に思って怒ってくれることへの幸せを感じて、”自分の思っていることを言っても良いんだ”と思うようになりまし。

もちろん一人一人違うから、喧嘩をすることや傷をつけることもあるかもしれないけど、母のように”この世の終わりだ”と嘆き倒すようなことも普通はないと言われて、安心もして、今までは緊張しっぱなしの実家でしたが、新居では少しずつリラックスできるようになりました。』

とても良い旦那さんに出会えて、本当に良かったですね!誰がどう見ても、お母さんの言っていることは理不尽であったし、よくぞそこから脱出できたと、他人事ながらホッとしました!

大切な人から認めて貰った事で、今までのお母さんの言っていることがおかしいのだと、洗脳から目が覚めた瞬間ですね!

 

自分を否定する存在から離れる

Kさんに、同じように苦しむ人へアドバイスを頂きました。

Kさん:『自己肯定感がない人すべてが、私のようなことが原因ではないと思いますが、子供の頃から周りに否定ばかりされて育っていると、それが当たり前だと感じてしまう人もいるのではないかと思います

もし、自分のことが好きになれずに自分の容姿、性格をいつも否定しかしない人がいる時、その人から離れることが出来るのなら、距離を置いてみるのも良いのかもしれません。

また、離れることが簡単にできる間柄でない場合は、原因が母の場合は、父など他の相談できる相手に少し聞いてみると全然違うと思います。

私の場合は、母がいつも「父は私のことを本当は好きではないけど、義務だから、いつか嫌われるかもね」と幼少の頃から言われていたので、父に相談をするということが怖くてできませんでした。

でも、勇気を出して子供の頃に父に相談していたら、もっと早くに良い方向に変わったのかもと思うことはあります。何かに気づけたら後は少しづつ自分と向き合っていくと、今まで見えなかった新しい自分との出会いがあるかもしれません。』

 

まとめ

親が不安定過ぎて、子供を支配しコントロールするという依存のケース、本当に多いと思います。出来るならば誰かに相談する事で良い方向に行って欲しいと思います。

実は意外に多いケース、こういったケースで傷ついた心をケアする出会いがある事が、本当に救いだと思います。助けを求めましょう。本当は子供に罪は無いんですよ。

向き合うべきは自分自身。子供をコントロールする事では無く、自分自身と向き合える親でありたいですね!

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